古代小麦の一つ、スペルト小麦とは
①人工的な品種改良がほとんどされていない
スペルト小麦とは、約9000年前に中東で栽培が行われ始めたと云われる古代小麦の一種で、聖書の「出エジプト記」にも記述されています。
起源はアジアかヨーロッパか、諸説ありますが、数千年にわたって様々なところで栽培されてきた歴史があることは確かです。
英語で「スペルト(Spelt)」、ドイツ語で「Dinkel(ディンケル)」、スイス語で「Spelz(スペルツ)」と呼ばれています。
スペルト小麦は、広く普及している普通小麦(パンコムギ)と近縁種ですが、普通小麦は第二次世界大戦後以降の度重なる品種改良(緑の革命)により、本来の形態からかけ離れていったのに対し、スペルト小麦はほとんど人工的に品種改良されておらず、自然な形で今日まで紡がれている貴重な伝統小麦です。
②普通小麦の風味とは異なる、芳醇で深い味わい
スペルト小麦の風味は普通小麦とは異なる甘みがあり、ナッツのような豊かな風味が感じられます。スペルト小麦も数多くの品種があるため、それぞれ多少の風味の違いはありますが、当店で扱うドイツ産の有機スペルト小麦は、とても芳醇で味わい深い風味をもっています。一般的な普通小麦も美味しいですが、それとはまた違うこの独特な風味が癖になるという方も多いです。
③豊富な栄養素
スペルト小麦は栄養価が高いことでも注目されています。普通小麦は、表皮と胚芽に、最も多く栄養素が含まれているため、精白過程で多くの栄養が除去されてしまいます。
それに対し、スペルト小麦は殻の内側に、ビタミン、ミネラル、アミノ酸などの栄養価が豊富に含まれています。特にミネラル成分が豊富で、精白した普通小麦に比べ、マグネシウムは約9倍、マンガンは約13倍、亜鉛は約5倍など、大きな違いがあります。
(※精白をせず全粒粉のままであれば、普通小麦とスペルト小麦の栄養素の大きな違いはありません。そのため、当店では普通小麦の全粒粉を含むパンも製造しております)
④小麦アレルギーが比較的発症しにくい
スペルト小麦は小麦アレルギーが発症しにくいともいわれています。セリアック病(グルテンによって引き起こされる慢性の自己免疫疾患)や重度の小麦アレルギー症状をお持ちの場合は、スペルト小麦も避けるべきですが、非セリアックで、かゆみや頭痛など比較的軽度のアレルギー症状の場合、現代小麦と比べ、スペルト小麦によるアレルギー反応は低いことがオーストラリアの研究で示唆されており(※1)、人によってはスペルト小麦が普通小麦の代替物になる可能性はあります。
ただ一点注意すべきは、スペルト小麦は「グルテンフリー」や「グルテンレス」と誤解されることもありますが、実際にはスペルト小麦のグルテンは普通小麦よりも多いことが近年の研究によって判明しているということです。中でもグルテンの構成要素である「グリアジン」というタンパク質が多いことがドイツの研究グループによって報告されています(※2)。
様々な情報があり、人それぞれ個体差も当然あるため、グルテンアレルギーをお持ちの方は、医師のアドバイスを受けて下さい。
パンを食べて不調がでる人の中には、実際は「グルテン」ではなく、「フルクタン(果糖のみからなるホモ多糖)」に異常反応しているというケースも少なくないようです。スペルト小麦のフルクタン含有量は、普通小麦よりも低い傾向にあり(※品種や産地によって含有度合は異なります)、普通小麦のフルクタンに異常を示す人でも、スペルト小麦であれば食べても異常が出ない、もしくは比較的軽度で済む可能性があります。
また、スペルト小麦のたんぱく質は比較的消化しやすいため、胃腸に優しいといわれています。
普通小麦で軽度の消化不良を起こす方は、一度スペルト小麦を試してみる価値はあるかもしれません。
※以上の情報が示すようにスペルト小麦が普通小麦の代替物になる可能性があるとはいえ、アレルギーをお持ちの方は医師とご相談のうえ、お試しください。
スペルト小麦のこれまでとこれから
現代の普通小麦は、戦後以降の度重なる品種改良により、小麦本来の遺伝子構造が急速かつ大幅に変化しているものであり、私たちの身体はその急激な変化に追いついていない、故に様々な弊害が起きると考える研究者も少なくないようです。そのような考え方が広がっているためか、品種改良がほとんど施されていないスペルト小麦は昨今の健康業界において注目を集めつつあります。
現代の普通小麦は収量が多くなるよう、そしてより大きく膨らませるためにグルテンが多くなるように品種改良されています。そういった理由により普通小麦は小麦農家やパン製造者に好まれる一方、スペルト小麦は収量が少ないだけでなく、栽培期間は普通小麦より長く、殻が非常に固く脱穀が難しいなどの理由で大量生産には不向きであるだけでなく、極めつけには製パンにおいて、弾力性が弱くべたつきやすいために扱いにくく、普通小麦のように大きく膨らみにくいために農家にも製造者にもあまり好まれず、その結果、現代の小麦流通量の99%以上は普通小麦になっているといわれています。今ではスペルト小麦は非常に珍しい小麦になってしまいましたが、その反面、その価値が見直されつつあることも確かです。
当店ではスペルト小麦の素晴らしさ、その魅力を一人でも多くの人に伝えたいという想いで、スペルト小麦の扱いにくさ、膨らみにくさを工夫でカバーし、クロワッサンや食パン、スイーツなどを作っております。
本当に美味しいので、是非一度でも試していただけたら幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
参考
※1:Vu, N.T., Chin, J., Pasco, J.A. et al."The Prevalence of Wheat and Spelt Sensitivity in a Randomly Selected Australian Population. " Cereal Research Communications 43(1), pp. 97–107 (2015)
※2:The German Federal Institute for Risk Assessment (BfR) "Spelt can also trigger allergies - low level of public knowledge about spelt being a type of wheat" BfR Opinion No 001/2023 issued 13 January 2023 (assessment as of 30 November 2020)